「犬の散歩をしていたら、犬が急に見知らぬ人に飛びついて噛んでしまった・・」
「犬が、散歩で出くわした人とじゃれ合うつもりで飛びついたら大怪我をさせてしまった・・」
など、犬を飼っていると、時には他人に怪我をさせてしまうこともあります。
このように、犬が他人を噛んで怪我させてしまった場合は、どのようにお詫びをすればいいのでしょうか。
また、その怪我が通院・入院しなければならないほどの大怪我だった場合、慰謝料や賠償金を支払わなければならないのでしょうか。
そして、飼い主として一番心配なのは、他人に怪我をさせてしまった飼い犬は、殺処分されてしまうのか・・・という点だと思います。
この記事では、飼い犬が他人を噛んで怪我をさせてしまった場合の様々な疑問や法律問題について、分かりやすく解説していきます。
民事責任|犬が他人に怪我をさせてしまったら、飼い主は責任を問われる?
民法第718条1項に基づく責任
民法は第718条第1項本文において、次のように規定しています。
<動物の占有者等の責任>
「動物の占有者は、その動物が他人に加えた損害を賠償する責任を負う。」
犬の飼い主は、「動物の占有者」にあたります。
そのため、飼い犬が他人を噛んで怪我をさせてしまった場合には、原則として、飼い主は損害賠償責任を問われることになります。
もっとも、第718条第1項は、ただし書において次のように規定し、免責事由を定めています。
<第718条第1項ただし書き>
「ただし、動物の種類及び性質に従い相当の注意をもってその管理をしたときは、この限りでない。」
飼い犬が、他人を噛んで怪我をさせてしまったとしても、飼い主が「相当な注意」をしていたのなら、飼い主は損害賠償責任を免れる可能性があります。
「相当な注意」とは?
第718条1項ただし書きの「相当な注意」について、裁判所の見解は下記のとおりです。
「通常払うべき程度の注意義務を意味し、異常な事態に対処しうべき程度の注意義務まで課したものでない」としています(昭和37年2月1日)。
そして、その判断にあたっては、動物・飼い主・被害者のそれぞれの事情を考慮することになります。
具体的に、考慮すべき事情は、次のとおりです。
動物:動物の種類・雌雄・年齢・性質など
飼い主:職業・保管に対する熟練度・加害時における措置態度
被害者:警戒心の有無・被害誘発の有無・被害時の状況
これらの事情を総合的に考慮して、「相当な注意」をしていたといえるかを、個別的・具体的に判断することになります。
刑事責任について
飼い犬が、他人を噛んで怪我をさせてしまった場合、刑事責任を問われる可能性もあります。
刑法は第209条第1項において、次のように規定しています。
<過失傷害罪>
「過失により人を傷害した者は、三十万円以下の罰金又は科料に処する。」
飼い主に悪気がなかったとしても、飼い犬が他人に怪我をさせてしまえば、「30万円以下の罰金又は科料」が科せられる可能性があるので、注意が必要です。
もっとも、この過失傷害罪は、第209条第2項で規定されているとおり、親告罪です。
<第209条第2項>
「前項の罪は、告訴がなければ公訴を提起することができない。」
親告罪とは、被害者からの告訴という手続きがなければ、公訴(刑事裁判にかけること)することができない犯罪のことをいいます。
そのため、飼い主は、被害者に告訴された場合には、刑事責任を問われることになります。
行政責任について
飼い犬が他人を噛んで怪我をさせてしまった場合には、その事故があった旨を保健所に通報する義務を負います。
この義務は、条例で定められている義務なので、自治体によって内容は様々です。
たとえば、札幌市の条例では、次のように定められています。
<札幌市動物の愛護及び管理に関する条例(第11条)>
「犬の飼い主は、犬が人をかんだ場合には、直ちに、適切な応急処置及び新たな事故の発生を防止する措置を講じ、当該犬による事故の状況及び当該措置について市長に届け出るとともに、当該犬を獣医師に検診させなければならない。」
条例は、あまり知られていないかもしれませんが、犬を飼う場合には一度、自分の住んでいる自治体の条例を確認しておくようにしましょう。
損害賠償や慰謝料はどれくらい支払うことになるの?
①慰謝料
犬が相手を噛んでしまって、相手が精神的苦痛を被った場合には、慰謝料を請求されます。
噛まれた時の状況や、怪我の程度により異なりますが、相場は10万円~50万円の範囲と考えられています。
②治療費
飼い犬が他人に怪我をさせてしまった場合、その怪我の治療にかかった費用を賠償することになります。
怪我の程度が大きく、入院や継続した治療が必要になった場合には、賠償額は大きくなります。
そして、治療費を賠償する場合には、怪我の診断書や病院からの請求書・領収書など、実際にかかった費用を証明できる書類があることを確認しておきましょう。
損害賠償請求できることを利用して、治療費を多めに見積もってくる被害者も少なからず存在します。
「怪我の程度の割には治療費がかかりすぎているのでは?」など疑問を生じた場合には、弁護士に相談してみることをオススメします。
③物的損害
犬が他人を噛んだことで、服が破れてしまったり、付けていた時計が壊れてしまった場合には、その物の修理代金を賠償することになります。
犬が噛んだ部分が直接破れたり壊れたりしたのではなく、犬に噛まれたことによって、被害者がこけてしまい、こけた衝撃でズボンが破れてしまった場合や、噛まれたことにびっくりして、被害者自身が持っていた物を落として壊してしまった場合にも、賠償しなければならない場合があります。
どこまでの範囲を賠償しなければならないかは、ケースによりますので、揉めた場合には弁護士に相談することをオススメします。
④休業損害
被害者の怪我の程度によっては、仕事をすることができなくなる場合があります。
この場合、被害者が仕事を休んだことによって、得ることができなくなった収入を賠償することになります。
入院など、一時的に仕事を休まなければならなくなった場合や、後遺症が残ったことにより、今の仕事を続けることさえできなくなってしまう場合など、賠償額はそれぞれのケースによって異なります。
実際の裁判例は?
飼い主に損害賠償責任が認められた、実際の裁判例を1つ紹介します。
事例
<大阪地裁平成15年2月17日>
被害者女性(79歳)が路上を歩いていた時の出来事です。
住宅の玄関先から、体長約40センチの小型犬が、飼い主とともに出てきたのですが、犬は急に被害者女性に向かって走り寄って行きました。これを驚いて怖がった被害者女性は、その場に転倒してしまい、左足を骨折し、入院することになりました。
その後、被害者女性は入院先の病院で、肺炎により死亡が確認されたため、被害者女性の遺族が犬の飼い主に対して、約2400万円の損害賠償請求をしました。
判決
裁判所は、犬の飼い主について、「犬に取り付けられた綱が、伸び縮みにないように固定することを忘れるなどの注意を怠った」として、飼い主の注意義務違反を認めました。
その上で、被害者女性が肺炎で死亡したことについて、「骨折によるストレスで抵抗力が弱まり、肺炎になった可能性は否定できない」として、骨折と死亡との因果関係を肯定しました。
結論としては、被害者女性に喘息の既往症があったことを考慮して、犬の飼い主に対して、657万円の損害賠償の支払いを命じました。
小型犬であっても、人を驚かすことで怪我をさせてしまうことがあり、また、この裁判例のように、被害者の死亡との因果関係が肯定されるケースもあります。
「小型犬だから大丈夫」と、思わず、犬が勝手に走っていかないように注意をする必要がありますね。
犬が他人に怪我をさせてしまったら処分されてしまうの?
条例でできることが定められている
犬が他人を噛んだりして、怪我をさせてしまった場合、その犬は処分させてしまう場合があります。
犬の処分については、条例で定められているので、自治体によって内容は異なります。
たとえば、東京都の条例では、次のように定められています。
<動物愛護及び管理に関する条例(第30条)>
「知事は、動物が人の生命、身体若しくは財産を侵害したとき、又は侵害するおそれがあると認めるときは、当該動物の飼い主に対し、次の各号に掲げる措置を命ずることができる。」
そして、各号として、次の5つが定められています。
①施設を設置し、又は改善すること
②動物を施設内で飼養し、又は保管すること
③動物に口輪を付けること
④動物を処分すること
⑤前各号に掲げるもののほか、必要な措置
読めばお分かりのとおり、この条例の第30条4号には「処分」ができることが定められています。
しかし、犬が他人を噛んで、怪我をさせてしまったからといって、直ちに処分がされるわけではありません。
犬が処分されてしまうケース
「処分」は非常に重たいため、それ相応の出来事があった場合に限られます。
たとえば、裁判所から命令が下されるケースです。
被害者との間で話し合いが収まらず、訴訟にまで発展し、また被害者側から何度も請求があった場合には、裁判所は命令を下すことがあります。
この場合には、飼い主も受け入れざるを得なくなってしまいます。
飼い犬の命を守るためにも、普段から飼い犬の行動をしっかりと管理することが大切になってきます。
そして、万が一、飼い犬が他人に怪我をさせてしまった場合には、被害者と適切な話し合いができるように、弁護士などを頼ってみるのもいいかもしれません。
どのようにお詫びすればいいの?
謝罪の大切さ
まずは、誠意をもって心から謝罪しましょう。
仮に、被害者が犬にいたずらをしてきたから、犬が怒って噛んでしまった、という事情があったとしても、まずは謝罪して、大きな責任を問われないようにすることが大切です。
被害者との間のトラブルが大きくなってしまうと、最悪の場合、裁判となる可能性もあります。
穏便に解決するためにも、落ち着いて、謝罪することを心掛けましょう。
謝罪文の例
謝罪文を書く場合には、以下の例文を参考にしてみてください。
<謝罪文1>
飼い犬が散歩中の被害者に怪我をさせてしまったケースを想定します。
○○○○様
先日は、○○○○様にお怪我をさせてしまいましたこと、深くお詫び申し上げます。
その後お怪我の具合はいかがでしょうか。このたびのことは、(自分の管理不足であったことの指摘)が原因であることは明らかであり、自身の責任を痛感して深く反省いたしております。
つきましては先般ご連絡させていただきました通り、治療費等は私がお支払いいたしますので、お手数ですが私にご請求いただきますようお願い申し上げます。
改めてお見舞いにお伺いいたしたく存じますが、まずは書中にてお詫び申し上げた次第でございます。
令和〇年〇月○日 ○○○○(名前)
次に、飼い犬が、知らない子どもに怪我をさせてしまったケースを想定します。
<謝罪文2>
○○○○様
このたびは、○○君にお怪我をさせてしまい、大変なご迷惑をおかけしてしまい、本当に申し訳ございませんでした。
○○君のお怪我の具合はいかがでしょうか。
大切なお子様にお怪我をさせてしまいましたこと、私どもの家庭における日頃の管理の甘さを恥じ、深くお詫び申し上げます。
お許しを頂ければ、出来る限り早くお見舞いに伺い、お詫びと治療費のことを相談させて頂きたいと思っております。
このたびは大変申し訳ございませんでした。まずは書中にてお詫び申し上げます。
令和〇年〇月○日 ○○○○(名前)
まとめ
飼い犬が他人に怪我をさせてしまうと、損害賠償責任だけでなく、刑事責任を問われる可能性もあります。
また、最悪の場合は、飼い犬の殺処分命令が下されることもあります。
どのような責任を問われ、どのようなや処分がなされるかは、被害者の意思が大きく関わってきます。そのため、自分が悪くなくても、誠実に謝罪することが大切です。
他人に怪我をさせないことはもちろん、飼い犬を守るためにも、普段の管理を怠らないよう、注意しましょう。