中学2年生の女生徒が自殺した、「旭川いじめ事件」。報道によれば、被害者と母親は複数回にわたり、いじめ被害を担任教師に相談したとされています。
ところが担任教師を含む学校側は、いじめ行為の存在そのものを否定し、何ら有効な対策を講じないまま、最終的に被害者の自殺を招いてしまったというのです。
仮に、それが事実であった場合(※)、この担任教師や学校には、どのような法的責任を問えるのでしょうか?
※この記事に記載した事実関係は、文春オンラインの合計22本の記事を加筆・修正・再構成した書籍である「旭川女子中学生イジメ凍死事件・娘の遺体は凍っていた」(文春オンライン特集班著・文藝春秋社・2021年9月10日発行第1刷)に基づきます。
担任教師や学校の刑事責任は問えない
仮に、いじめ行為を放置した結果、被害者の尊い命が失われたとすれば、担任教師や学校に対し、道義的・社会的な責任が問われます。
しかし、法的責任となると話は別です。
法的責任には、主に、①国家による処罰を与える刑事責任と、②被害者側への金銭賠償を命ずる民事責任の2つがあります。
報道内容を見る限りでは、担任教師や学校に対し、刑事責任を問えません。
担任教師を含めた学校側の教職員が、いじめ行為の加害者らと共謀していたなどの、およそ想定し難い事実があったなら格別ですが、たんに、いじめ行為を積極的に防止しなかったという「不作為」(※)だけでは、それが傷害罪などの犯罪行為に該当するとまでは言えないからです。
※「不作為」とは、「何らかの行為をしなかったこと」を指します。
担任教師や学校の民事責任
いじめ事件と国家賠償法
では、担任教師や学校に対し、民事責任は問えるでしょうか?
旭川いじめ事件の舞台は公立学校ですから、金銭賠償の根拠となる法律は「国家賠償法」です。
国家賠償法では、公務員が、その職務につき、故意または過失による違法な加害行為で、他人の権利・利益に損害を加えた場合、国・地方公共団体が賠償責任を負うとされています(国家賠償法1条1項)。
担任教師や学校は、自ら、いじめ行為を行ったわけではありませんから、民事責任においても、いじめ行為による被害発生を阻止しなかったという「不作為」が違法な加害行為と評価できるかが問題です。
学校・教師の「安全配慮義務」とは?
過去に、いじめ事件で学校側の責任が認められた裁判例では、教師・学校は生徒に対して「安全配慮義務」を負っており、その義務違反は違法な加害行為と評価されています。
では安全配慮義務とは、どのような義務でしょうか?
例えば、平成25年8月に発生した、熊本県立高校1年生の女生徒が寮生活中のいじめを苦に自殺したとされる事件の高裁判決(※1)では、次のとおり説明されています。
まず、公立学校の設置者(地方公共団体)は生徒との関係において、信義則上、学校での教育活動と、これに密接に関連する生活関係における「生徒の安全の確保」に配慮すべき義務が認められます。
このため、生徒の生命・身体・精神・財産等に悪影響・危害が及ぶおそれがあるときは、その現実化を防止する適切な措置を講じなくてはなりません。
もちろん、教職員も履行補助者(※2)として、事態に応じた適切な措置を講じるべき職務上の義務を負います。
※1:福岡高裁令和2年7月14日判決
https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail4?id=89651
※2:「履行補助者」とは、債務者(この場合には安全配慮義務を負担している学校設置者)が、その義務を履行するために使用する者を指します。
学校・教師に要求される、いじめ行為への「具体的な措置」とは?
では「事態に応じた適切な措置」とは、具体的にどのような措置でしょうか?
上記の判決は、教職員が、いじめの発生やその可能性を認識したときには、①背景事情も含めた事実関係を確認し、②加害者に対する指導などによっていじめをやめさせ、③いじめが発生する要因を除去し、④再発防止の措置を講じる義務を負うとしています。
このような義務内容は、平成23年10月に発生した「大津市いじめ自殺事件」を契機として平成25年に制定された「いじめ防止対策推進法」にも次のように明記されています。
………………………………………………………………………………………………
- 教職員が児童からいじめの相談を受け、いじめの事実があると思われるときに、学校への通報その他の適切な措置をする義務(いじめ防止対策推進法23条1項)
- 学校が通報を受けるなど、いじめの事実があると思われるときは、速やかに、いじめの事実の有無を確認し、学校設置者に報告する義務(同23条2項)
- いじめの事実を確認した場合は、いじめをやめさせ、再発を防止するために、被害者の支援、加害者に対する指導、加害者の保護者に対する助言を継続しておこなう義務(同23条3項)
- 加害者と被害者を同じ教室にしないなど、被害者などが安心して教育を受けることができるように必要な措置を講ずる義務(同23条4項)
- 保護者同士の争いが起きないよう、保護者と情報共有するなどの措置を講ずる義務(同23条5項)
- いじめが犯罪行為に該当するときは、警察と連携して対処し、児童の生命・身体・財産に重大な被害が生じるおそれがあるときは、直ちに警察に通報し、援助を求める義務(同23条6項)
………………………………………………………………………………………………
また、文部科学大臣が、いじめ防止対策推進法の運用を定めた「いじめの防止等のための基本的な方針(平成25年10月11日付決定)」では、これらの義務内容は、さらに詳細に具体化されています(※)。
※:https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/1400142.htm
これら、いじめ防止対策推進法や、その具体化である「いじめの防止等のための基本的な方針」(以下「基本的な方針」と呼びます)が、学校・教師に対して要求する各種義務は、あくまでも学校や教職員の公務上の義務であって、直接的には、生徒や保護者との間における安全配慮義務の内容を定めたものではありません。
しかし、同法と「基本的な方針」は、いじめ事件の頻発を受け、これを防止するための具体的施策として文科省が発してきた通達・通知をまとめたものであり、いじめ被害へのあるべき対処法を明らかにした知見であることは疑いありません。
したがって、いじめ防止対策推進法や「基本的な方針」に示された義務は、公務上の義務であると同時に、安全配慮義務の内容を画する基準と捉えるべきでしょう。
実際、上記の福岡高裁判決も、「基本的な方針」が、いじめに対する適切な措置を判断する基準となることに言及していますし、他にも、いじめ防止対策推進法23条を参照して教職員の義務内容を判定した裁判例として東京高裁令和3年6月3日判決(※)があります。
※ウエストロー・ジャパン:文献番号2021WLJPCA06036002
https://www.westlawjapan.com/case_law/2021/20210603.html
旭川いじめ事件における学校・担任教師の義務違反とは?
報道内容だけでは、実際に学校・担任教師が義務を尽くしたのかどうか断定はできません。
ただ、旭川いじめ事件は、2019年(令和元年)に発生しており、既に、いじめ防止対策推進法も、「基本的な方針」も制定された後の出来事です。学校や担任教師が、その内容を知らなかったはずはありません。もしも、これらで示された義務を尽くしていなかったのなら、安全配慮義務違反であり、違法な加害行為となるでしょう。
報道では、日時は不明ですが、被害者の保護者が、いじめ行為の有無を調べてくれるよう相談した際に、担任教師が「今日は彼氏とデートなので、相談は明日でもいいですか?」と応じたとされ、問題視されています。
また、保護者に対して、「あの子たちは、おバカだからイジメなどないですよ」と応じたとも報道されています。
この点、「基本的な方針」には、次の定めがあります。
………………………………………………………………………………………………
【いじめの発見・通報を受けたときの対応】(下線部は筆者による)
児童生徒や保護者から「いじめではないか」との相談や訴えがあった場合には、真摯に傾聴する。ささいな兆候であっても、いじめの疑いがある行為には、早い段階から的確に関わりを持つことが必要である。(中略)
通報を受けた教職員は一人で抱え込まず、学校いじめ対策組織に直ちに情報を共有する。その後は、当該組織が中心となり、速やかに関係児童生徒から事情を聴き取るなどして、いじめの事実の有無の確認を行う。(中略)
いじめに係る情報が教職員に寄せられた時は、教職員は、他の業務に優先して、かつ、即日、当該情報を速やかに学校いじめ対策組織に報告し、学校の組織的な対応につなげる必要がある。
………………………………………………………………………………………………
このように、いじめに関する相談に、真摯かつスピーディな対応が求められるのは、それが生徒の命にかかわる危険があるからです。
仮に、担任教師が、保護者の相談に対し、何らの事実確認も行わずに「イジメなどない」と軽く否定し、デートを理由に即時の対応をとらなかったとしたならば、義務違反を指摘される可能性があるでしょう。
また、報道によれば、時期は不明ですが、被害者が担任教師に相談する際、「加害者に言わないで欲しい」と言ったにもかかわらず、その日の夕方には担任教師が加害者に直接に話してしまったとされています。
これも「基本的な方針」には、次の定めがあります。
………………………………………………………………………………………………
【いじめられた児童生徒又はその保護者への支援】(下線部は筆者による)
いじめられた児童生徒から、事実関係の聴取を行う。(中略)いじめられた児童生徒や保護者に対し、徹底して守り通すことや秘密を守ることを伝え、できる限り不安を除去するとともに、事態の状況に応じて、複数の教職員の協力の下、当該児童生徒の見守りを行うなど、いじめられた児童生徒の安全を確保する 。
………………………………………………………………………………………………
秘密を守ることは、被害者のプライバシーを守り、不安感から来る精神的な被害を防止することに役立つだけではありません。相談の秘密が守られなければ、被害者は以後、教職員に相談することを止めてしまう可能性も高く、また加害者の逆恨みによって被害者の生命身体が、より危険にされされる可能性もあります。
報道されているとおりだとすれば、担任教師が「基本的な方針」をまったく遵守していないと言われても仕方ないのではないでしょうか。
安全配慮義務違反と「過失」、「因果関係」
ただ、担任教師や学校に安全配慮義務違反があったとしても、損害賠償責任が認められるためには、それが「過失」によること、安全配慮義務違反と自殺との間の「因果関係」いう各要件がクリアーされる必要があり、しかも、これらは被害者側が証拠をもって立証しなくてはならない事実です。
このうち過失は、単なる不注意ではなく、結果を回避する措置を講ずる義務(結果回避義務)に違反することと理解されているので、法の要求する作為義務に違反していれば通常は過失が認められます。
ただ、因果関係については、学校が、例えば「被害者には精神疾患があり、それが自殺の原因だ」と主張したり、「いじめとは無関係な他の人間関係の悩みがあり、それが自殺の原因だ」などと主張したりするかも知れません。
それが真実でなくとも、そういった学校側の対応によっては、被害者側の立証が難しい局面となる可能性があります。
事実関係の詳細については、現在(2021年10月13日時点)、第三者委員会による調査の結論が待たれる段階ですが、報道によれば、事件当時の学校長は、文春オンラインの取材に対し、生徒間のトラブルがあったことは認めつつも、それが「イジメ」であるとは認めず、被害者の自殺の原因との関係もわからないと回答しています。
このように、学校側が、そもそもの事実関係や因果関係を争ってきた場合、被害者側の立証の負担はより大きなものとなるでしょう。
担任教師の個人責任は?
ところで、被害者側の言い分が認められ、学校設置者である地方公共団体が損害賠償義務を負う場合、担任教師の個人としての民事責任はどうなるのでしょうか?
実は、担任教師は、個人として賠償責任を負うことはありません。1円も払うことはないのです。
国家賠償法は、当該公務員の行為が、その職務につき、損害賠償制度の原則である不法行為(民法709条)の要件を満たす場合に、その雇い主である国・地方公共団体が、その公務員に代わって賠償義務を負う制度と理解されています。これを「代位責任」と呼びます。
つまり私立学校であれば、担任教師も個人として賠償責任を負うケースであっても、公務員の場合は、雇い主である国や地方公共団体が責任を「肩代わり」してくれるので、公務員個人は被害者に一銭も支払う必要はないのです。これは確立された判例とされています(※)。
※最高裁昭和30年4月19日判決
https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=57438
このように理解されている理由としては、①国や地方公共団体が賠償する以上、被害者の救済に欠けることはないこと、②公務員個人に賠償責任を負担させると、公務の実行を萎縮させてしまう危険があることが挙げられています。
しかし、いじめ被害を防止する作為義務を怠った公務員に個人責任を認めることが、いじめ防止という公務を萎縮させるはずがありません。
むしろ、その逆であり、教職員の個人責任を認めることは、公務員が積極的にいじめ防止に乗り出すことを促し、学校と教職員のいじめ隠蔽体質、事なかれ主義を是正することに役立つのではないでしょうか?
また、国や地方公共団体の「肩代わり」と言っても、首長や学校長がポケットマネーで支払うわけではなく、賠償金の財源はすべて税金です。教職員が義務に違反して、いじめ被害を放置すると、国民・住民がその尻拭いをしなくてはならないという制度は見直すべきではないでしょうか?
学校の責任はもっとも重い
報道によれば、被害者が川に飛び込んだ事件後、学校側は校内の調査結果を被害者の母親に説明する際、被害者側の弁護士の同席を拒否したうえ、教頭は被害者の母親に対して「加害生徒にも未来がある」と告げたとされています。
また、文春オンラインの取材に対し、事件当時の校長は、「子どもは失敗する存在です。そうやって成長していくんだし、それをしっかり乗り越えていかなきゃいけない。」と加害者を擁護する発言をしたとされています。
たしかに、いじめ事件の多くは、加害者も子どもであり、それゆえ自分の行為が如何に被害者に深刻なダメージを与え、命まで奪う危険があることに思い至らないケースもあるでしょう。
しかし、だからこそ、被害者の命を救えるのは教職員であり、彼らが、いじめ被害に真摯に対応し、迅速に対処する義務はとてつもなく重いのです。
子どもである加害者を擁護することが教育者のあり方だと言うなら、加害者への非難と責任も全て引き受けることが教育者に求められるはずです。
ところが報道されている限りでは、担任教師、教頭、校長、いずれも、自分たちに課された責務の意味を全く理解していないと言わざるを得ないと言えましょう。