旭川いじめ事件では、現在、第三者委員会を設置して、事実調査が行われています。
この第三者委員会とは、どのような組織なのでしょうか?
また、第三者委員会が調査を行うことで、被害者の遺族には、どのようなメリットがあるのでしょうか?
第三者委員会とは
ある組織内部で違法行為などの不祥事・トラブルが生じたときに対処する方法には、主に3つの方法があります。
- ①その組織のメンバーだけで内部調査を行う方法
- ②その組織のメンバーだけでなく、外部の人間も参加してもらって委員会をつくり調査する方法
- ③その組織のメンバーは除外し、外部の人間だけが参加する、組織から独立した委員会が調査を行う方法
①は、いわゆる内部監査に過ぎません。利害関係を有するメンバーの調査は信頼できず、世間を納得させることは到底無理です。
②は、内部調査委員会方式などとも称され、内部監査に比べれば、信頼性が高まりますが、利害関係者が参加する以上、調査結果の信頼は限定的です。
③が、第三者委員会方式と呼ばれるもので、利害関係者を完全に排除し、調査対象から独立した組織で事案の解明を目指すため、もっとも信頼性が高いと言われています(もっとも、必ずしも、そう言い切れない問題については後述します)。
いじめ事件の「重大事態」で第三者委員会が置かれる
いじめ事件の「重大事態」とは
いじめ防止対策推進法は、次のいじめ事件を「重大事態」と定めています。
- 児童の生命・心身・財産に重大な被害が生じた疑いがあるとき(同法28条1項1号)。
- 児童が相当の期間学校の欠席を余儀なくされている疑いがあるとき(同項2号)。
そして重大事態が生じたときは、その事態への対処と再発防止を目的として、学校の設置者(例えば都道府県教育委員会)、または学校の下に「組織」をもうけ、事実関係を調査するとしています(同法28条1項柱書)。
「重大事態」を調査する組織とは
同法には、「組織」としか書かれていないので、これだけでは、どのような組織が調査にあたるのか不明です。
この点、文部科学大臣が、いじめ防止対策推進法の具体的な内容を定めた「いじめの防止等のための基本的な方針」(以下「基本的な方針」と呼びます)では、次のように定められています(※)。
※平成25年10月11日文部科学大臣決定「いじめの防止等のための基本的な方針」
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/1400142.htm
…………………………………………………………………………………………………
【調査を行うための組織について】
この組織の構成については、弁護士や精神科医、学識経験者、心理や福祉の専門家であるスクールカウンセラー・スクールソーシャルワーカー等の専門的知識及び経験を有する者であって、当該いじめ事案の関係者と直接の人間関係又は特別の利害関係を有しない者(第三者)について、職能団体や大学、学会からの推薦等により参加を図ることにより、当該調査の公平性・中立性を確保するよう努めることが求められる。…………………………………………………………………………………………………
内部調査委員会方式も排除されてはいない
「基本的な指針」は、専門性があり利害関係のない第三者の「参加」を求めるにとどまりますから、内部調査委員会方式の選択が禁止されているわけではありません。
例えば、学校による調査の結果として重大事態と判明したケースでは、既になされた調査資料の再分析を弁護士など第三者に依頼したり、追加の調査を行ったりすることで足りる場合があります。
また先行する調査で事実関係の全貌が十分に明らかとなり、被害者・加害者・各保護者の納得が得られているときは、改めて事実を確認する第三者調査委員会は設置しない場合があります(但し、学校側の対応の検証や再発防止のための第三者委員会の要否については別途の検討が要求されます)(※)。
※文部科学省「いじめの重大事態の調査に関するガイドライン」(平成29年3月)6頁
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/1400142.htm
原則は第三者委員会方式
もっとも、このような例外はあるものの、「重大事態」という特別性を重視すれば原則は第三者委員会方式と理解するべきです。
実際、国会において、いじめ防止対策推進法の立案から制定に至るまで、主導的な役割を果たした小西洋之参議院議員は、「特段の合理的な理由のない限り、いわゆる『第三者委員会』が原則」であると明言しています(※)。
※参議院議員小西洋之「いじめ防止対策推進法の解説と具体策」(WAVE出版)189頁
第三者委員会と被害者遺族にとってのメリット
第三者委員会による調査は、①その重大事態への対処と②再発防止を目的とするものです。
その第三者委員会が、真に学校からの独立性・中立性と専門性が担保されたものであるなら、調査の開始によって、実際に進行している「いじめ被害」への抑止効果や、信頼できる調査結果が期待できます。
旭川いじめ事件のように、不幸にして、被害者の死亡という最悪の結果が生じてしまった後でも、第三者委員会による調査は、被害者遺族にとって無意味ではありません。
学校設置者及び学校は、被害者とその保護者に第三者委員会の調査結果を提供する法的な義務があるからです(いじめ防止対策推進法28条2項)。
この法的義務は、「およそ調査に関する全ての情報が原則として対象」であり、「例えば、調査対象のみならず調査の在り方に関する情報(第三者委員会の委員の人選に関する情報等)なども対象」と理解されています(※)。
※前出「いじめ防止対策推進法の解説と具体策」203頁
このように第三者委員会が調査した情報が被害者遺族にもたらされ、加害者・保護者・学校の責任を追及する上での必要な情報を得ることができます。
また、おそらく遺族の最大の願いは「我が子に何があったのか知りたい」、「同じ被害に遭う子どもを出したくない」という思いでしょう。第三者委員会の調査結果の報告は、それが信頼できるものである限りは、遺族の願いの実現に役立つはずです。
第三者委員会の問題点とは?
ただ第三者委員会方式であれば、必ず十分な調査が行われ、真実を解明してくれるというわけではありません。第三者委員会にも問題はあるのです。
第三者委員会の問題点その1:人選の不公正
第三者委員会の看板は、専門性・中立性・公平性です。しかし、現実には必ずしも中立性・公平性が実現されているとは限りません。
例えば、いじめ防止対策推進法が制定される契機となった、滋賀県の「大津市中2いじめ自殺事件」(2011年発生)で第三者委員会の委員を務めた教育評論家の尾木直樹さん(愛称「尾木ママ」)によれば、大津市の事件でも、当初、大津市教育委員会とのつながりがある者が委員に予定され、公正が保てない懸念が生じていたと言います(※)。
※「旭川女子中学生イジメ凍死事件・娘の遺体は凍っていた」(文春オンライン特集班著・文藝春秋社・2021年9月10日発行第1刷)150頁
報道によれば、旭川いじめ事件でも、当初、旭川市教育委員会が示した第三者委員会の候補者に、いじめ被害を否定している学校長の大学同窓生が含まれており、遺族の抗議によって撤回されたとされます。
仮に、メンバーの中立・公正が貫徹されないならば、かえって第三者委員会は、学校や教育委員会が責任を免れるための「隠れ蓑」となってしまいます。
第三者委員会の問題点その2:強制捜査権の欠如
また第三者委員会には警察・検察のような強制捜査権はありません。これも尾木直樹さんによれば、大津の事件では、学校は、第三者委員会からの要請にもかかわらず、被害者の同級生らに実施していたアンケートの開示に応じなかったと言います。最終的には、警察が職員室を家宅捜索して資料を押収し、第三者委員会に渡してくれたため調査を進められたというのです(※)。
※前出「旭川女子中学生イジメ凍死事件・娘の遺体は凍っていた」151頁
この大津市の事件は、いじめ防止対策推進法制定前の事件ですが、現在は「基本的な方針」において、次のように定められています。
…………………………………………………………………………………………………
【事実関係を明確にするための調査の実施】(下線は筆者による)
(中略)
法第28条の調査を実りあるものにするためには、学校の設置者・学校自身が、たとえ不都合なことがあったとしても、事実にしっかりと向き合おうとする姿勢が重要である。学校の設置者又は学校は、附属機関等に対して積極的に資料を提供するとともに、調査結果を重んじ、主体的に再発防止に取り組まなければならない。
…………………………………………………………………………………………………
ところが、旭川いじめ事件では、既にこのような定めがあるのに、保護者や弁護士からの再三の要請にもかかわらず、旭川市教育委員会と学校は、未だに、加害者らから聴取した内容を記載した調書の開示を拒否していると報じられています。このままでは第三者委員会への提供までも拒否する懸念があり、そうなれば正確な調査は不可能です。
第三者委員会の問題点その3:委員の報酬
いじめ事件に限らず、第三者委員会では弁護士が主要メンバーとして選ばれます。
これは第三者委員会の主な役割が、関係者の供述と関係資料を突き合わせ、過去の客観的事実を認定する作業であり、まさに実務法曹(弁護士・検察官・裁判官)の専門とするところだからです。
今日、企業・行政における不祥事の対応策として、第三者委員会の設置が広く行われるに至っており、弁護士にとっては、新たな業務領域として認識されています。
第三者委員会への委員を推薦する立場にある弁護士会では、「企業等不祥事における第三者委員会ガイドライン」、「地方公共団体における第三者調査委員会調査等指針」、「いじめの重大事態の調査に係る第三者委員会委員等の推薦依頼ガイドライン」といった各種のガイドラインを策定しています。
弁護士は純然たる自由業であり、仕事には報酬が必要です。第三者委員会における活動に割いた時間と労力に見合う対価を得られなければ、弁護士の活動もおざなりとなってしまい、たんに「弁護士」という肩書きを、第三者委員会という「隠れ蓑」に使われてしまうだけとなってしまいます。
そこで、いじめの重大事態の第三者委員会のガイドラインでは、自治体などに対して、専門家である弁護士の通常業務における収入・報酬水準に対して遜色のない金額が支払われるべきで、そのための「十分な予算」の確保を求めています(※)。
※日本弁護士連合会「いじめの重大事態の調査に係る第三者委員会委員等の推薦依頼ガイドライン」(2018年9月20日)
https://www.nichibenren.or.jp/document/opinion/year/2018/180920_2.html
ただ第三者委員会方式の場合、例えば企業の不祥事であれば、調査対象である企業から報酬を受け取って調査を行うことになります。
「依頼者から報酬をもらって、依頼者の利益を図る」という弁護士の本来的な業務スタイルと「依頼者(である自治体など)から報酬をもらって、その依頼者に不利益となる事実を明らかにする」第三者委員会の役割は、大きな違いがあると言わざるを得ません。
例えば、企業不祥事のガイドラインでは、第三者委員会に参加する弁護士の報酬が「成功報酬型」では、これを支払う企業が期待している調査結果を導こうとする動機につながるので不適切であり、報酬は時間制を原則とするべきとされています(※)。
※日本弁護士連合会「企業等不祥事における第三者委員会ガイドライン」(2010年12月17日改訂)
https://www.nichibenren.or.jp/document/opinion/year/2010/100715_2.html
このように、たんに弁護士が参加しているというだけで、第三者委員会の中立・公正が担保されるわけではないことには注意が必要です。
第三者委員会方式を続けるべきなのか?
実は、上に指摘した費用の問題は、弁護士の委員だけに限ったものではなく、全ての委員の中立性にかかわる問題です。
そもそも調査する組織の費用が、調査される側から支出されるという第三者委員会方式が適当なのか、制度の根本が問われます。
窃盗事件の捜査をする警察・検察の報酬が、被疑者から支払われるシステムがあるとしたら、誰がその捜査結果を信用するでしょうか?
殺人事件を裁く裁判官の報酬が、被告人から支払われる裁判制度があるならば、誰がその判決を信用するのでしょうか?
調査対象からの経済的な独立性がなければ、調査の公正など望めるはずがありません。
もちろん、大津市の事件のように、尾木直樹さんを始めとする委員の真摯な努力によって、事件の真相が明らかになる場合もあります。しかし、そのような個々の委員の熱意に頼った制度設計は頼りないものです。
第三者委員会方式を万能視することなく、より良い方式を模索することが求められるというべきです。