食い逃げや無銭飲食は普通に考えれば犯罪です。しかし、どんな犯罪なのかを考えてみたことはあるでしょうか。
難しい話には立ち入らず、場合分けしてどのような罪になるかを考えてみましょう。
レベル的には法学部生の簡易復習用程度のつもりです。
無銭飲食、食い逃げは詐欺?窃盗?
無銭飲食は、そのタイプや方法によってどのような犯罪になるかが異なり、実は犯罪にならない場合もあります。
その意味で、無銭飲食は大きく以下の3種類に分けることができます。
- 最初から代金を支払わないつもりで注文して、そのまま逃げた
- 代金を支払うつもりで注文したのに、嘘をついて店を出た
- 代金を支払うつもりで注文したのに、店員に気づかれないように逃げた
この3つのタイプで、それぞれどのような犯罪になるのか考えてみましょう。
関連する条文を先に記載しておきます。
窃盗 235条
他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、十年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
詐欺 246条
1項 人を欺いて財物を交付させた者は、十年以下の懲役に処する。
2項 前項の方法により、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者も、同項と同様とする。
最初から代金を支払わないつもりで注文して、飲食した場合|1項詐欺罪
最もシンプルな場合で、現在ではほぼ争いなく、飲食物を客体とする1項詐欺が成立し得ます。
詐欺罪が成立するためには以下の4つが必要※1ですが、このケースでは全てを満たしていると言えるからです。
①欺罔行為(欺く行為)
②相手方の錯誤(勘違い)※2
③処分行為(物などを交付する行為)※3
④財物(1項)or財産上の利益(2項)の取得
※1なお、これらの他に、因果関係や主観的構成要件としての故意が必要になりますが、この記事では割愛します。また、通説的な形式的個別財産説に基づき、財産上の損害は個別の要件としては立てません。
※2錯誤の内容については、判例に従い「判断の基礎となる重要な事項」と理解します(最決平成22年7月29日)。
※3処分行為に関連して、処分意思必要説と不要説の対立も省略します。
①欺罔行為
代金を支払わないつもりで注文する行為自体が、①欺罔行為にあたります。
積極的に言葉で騙しているわけではありませんが、「挙動による欺罔」として実行の着手が認められます。
②相手方の錯誤
通常、飲食店で注文する人は代金を支払って飲食するものですから、お店の人は当然「代金を支払ってもらえる」と思いますし、「代金を支払わないなら商品を提供しない」と考えるでしょう。
そうすると、注文する人が代金を支払わない意思なのかどうかは「判断の基礎となる重要な事項」であり、代金を受け取れると思ったお店の人は錯誤に陥ったと言えます。
③処分行為(交付行為)、④財物の取得
注文を受けて、店員が飲食物を提供することは、財物の交付行為と言えます。
また、飲食物という財物を受け取り、飲食しているのですから、財物を取得しています。
このように、代金を支払わないつもりで注文して飲食した場合には詐欺罪(246条1項)が成立し得ます。
客体は提供された「飲食物」です。
代金を支払うつもりで注文して、嘘をついて店を出た場合|2項詐欺罪
この場合は「飲食代金」を客体とする2項詐欺が考えられます。
注文する時点では代金を支払うつもりだったわけですから、その時点で店員を騙しているとは言えず、先程の①欺罔行為がありません。
したがって1項詐欺は成立しません。
しかし、その後の行為が問題になります。
例えば、代金の支払いを免れる意思で「財布を忘れたから取ってくる」と店員に嘘をついて店を出て、そのまま戻らなかったとしましょう。
この時点で店員を騙しており、①欺罔行為があります。
店員は当然戻ってきてお金を払うと考えるため②錯誤があり、財布を取りに外出を許可しているため③処分行為があります。
そして、行為者は飲食代金の支払いを免れるという④財産上の利益を得ています。
したがって、詐欺罪(246条2項)が成立し得ます。
客体は支払いを免れた「飲食代金」です。
なお、「財布を忘れたから取ってくる」と嘘をついた時点で2項詐欺の実行の着手がありますから、この時点で2項詐欺の未遂が成立し得ますが、既遂時期は事案によるでしょう※4。
※4ちなみに、欺罔行為があれば詐欺未遂が成立しますが、「欺罔行為がなければ成立し得ない」という関係にはありません(最高裁平成30年3月22日判決の山口厚補足意見、最高裁平成16年3月22日決定)。
代金を支払うつもりで注文したのに、店員に気づかれないように逃げた|利益窃盗
これが問題です。
注文時点では代金を支払う意思があるため、欺罔行為がなく、飲食物を客体とした1項詐欺にはなりえません。
代金の支払いを免れる時点の欺罔行為もないため、2項詐欺も観念できません。
では窃盗でしょうか。
窃盗の条文には「他人の財物を窃取した者は」と書かれています。
しかし、この場合の飲食物は正当に提供されたものであり、財物つまり飲食物を窃取したとは言えません。
そして窃盗罪は詐欺罪と異なり2項がありません。利益窃盗は規定がなく不可罰とされています。
つまり、この場合は刑法上はなんの罪にも問われない、ということになります。
ただ実務上は、検察は注文時点での欺罔行為(代金を支払わない意思)があったとして1項詐欺で起訴するのが一般的だと思います。
そもそもお金を払うつもりで注文して、途中から払わずに帰ろうと思うことはなかなか考えにくいですよね。
まとめ
これまで見てきたところによると、食い逃げ・無銭飲食は1項詐欺、2項詐欺、不可罰があり得ます。
この他にも暴行・脅迫によって支払いを免れる場合もあり得るため、その場合は2項恐喝、2項強盗が成立しえます。
ちなみに、なぜ利益窃盗が不可罰なのかについては立法政策の話になりますが、主に以下の2点が考えられます。
- 利益窃盗を規定すると、犯罪になる範囲が広くなりすぎる
- 単純な債務不履行が犯罪になってしまう可能性がある